詩「火の神話」

 火の神話

                               香 川 紘 子

ギリシャ神話のプロメテウスは

人間のために

太陽の車から天上の火種を盗み

葦の茎のなかに隠して地上に持ち帰った

その咎で

高い山の頂の岩に鋼鉄の鎖でつながれ

その肝臓を鷲に食われることとなった

食われても 肝臓は再生するので

プロメテウスの刑罰は

未来永劫に続くことになりかねなかったが・・・

古代ギリシャの賢人は

火の持つエネルギーと危険との二面性への

警鐘を

こんな形で伝えようとしたのかも知れない

古代から 中世 近世まで

人間と火の関わり方は

野獣や寒さから身を守るための焚き火

竈から立ちのぼる煙

それに燈芯 蝋燭 足元を照らす提灯など

つつましいものだった

手漕ぎの丸木船から帆船

石炭を動力とする蒸気船

蒸気機関車など

十八世紀から十九世紀にかけての産業革命を

経て

人間と火の関係は時代を追って

めまぐるしくなっていった

石油と共に始まった夢の二十世紀は

たちまち 戦車と爆撃機の戦争の世紀へと変貌

してしまった

一九四五年八月六日 八月九日

ヒロシマ ナガサキの上空で悪魔の業火の

原子爆弾が炸裂した

あれから六十六年たった三月十一日

世界の地震史の記録で四番目に大きな東日本

大震災が起こり

山のような大津波が福島第一原発に襲いかかった

電化時代の快適さに慣れ親しんで

ギリシャ神話の警鐘など忘れていた私だが

鷲に肝臓を食いちぎられるプロメテウスの

呻きが

フクシマの悲劇に重なるのを

どうしょうもなかった

香川 紘子   プロフィール

1935年生 松山市在住 被爆者

現代詩人 第4回丸山薫賞受賞

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